三日坊主の春

 髪の毛を切ったら私も死にました。
 長い髪の毛が風になびくのが気持ちよくて小さな頃からずっと結べる長さまで伸ばしていました。元来飽き性で英語塾もピアノも長続きしなかった私が中・高と陸上部に入ってしまうほど、長い髪にはこだわりがありました。だから短くするのには抵抗もあったのだけど、いざ切ってみれば軽くて案外いいものです。俯いて視界を遮られることもないし、服に首を通したときも髪の毛を引っ張り出さなくて済みます。きっと快適です。

 あの阿呆が突然別れを切り出したのは先月の、まだ肌寒さの残る時期でした。私と同じようなタイプの1歳だけ若い女にくら替えされました。ちゃんちゃん。ショーウインドウに並ぶ靴と同じだったんだと思います。似たようなデザインのものは持っているけれど材質や質感が違うのです。明るく照らされて誇らしげにディスプレイされたそれは自分の足元で健気に素肌を守るものよりも、華やかで魅力的に見えるものだから。だから、仕方ないのです。ちゃんちゃん。泣いてすがることができる程子供でも、いい格好ができるほど大人でもなかったので「え? へぇ、あぁ。うっそー。」なんて不抜けたことしか言えませんでした。どっこいどっこいの阿呆です。

 だから昨日までは、ずっと泣いていました。まるで雨上がりに置いていかれた雨粒が大樹の葉から落ちてくるように、涙は私の指や膝を濡らしました。週末の予定がなくなって、電話が鳴らなくなって、ひとりきりで次元の狭間に放り出されたような、空っぽで寄る辺のない気分でした。このままでは根っこまで腐ると、一念発起したのは今朝のことです。それまでのトレードマークを一新することでなにかが変わるのじゃないかと、髪を切りました。目元で緩やかなカーブを描いていた前髪は眉毛の上に、肩を覆っていた後ろ髪は耳まで出るほどに。すると、あるべきものがあるべき場所にかちりとはまる音がしました。

 ――少し、走ってみようか。

 今日みたいに良く晴れた空を見ていたら、そんな気持ちが湧いてきました。切ってしまった髪は、うまく流れに絡まるでしょうか。それとも、置いてけぼりになるのでしょうか。膝にグッと力をいれて足が跳ねると、新しく買った若草色のワンピースが揺れます。