たまに文章をががっと書きたくなる

無性にオーソドックスなアイスクリームが食べたくなって、コンビニに走った。コンビニに置いてあるアイスクリームの殆どは正確には「ラクトアイス」っていって半分が水で出来てるから牛乳から作る「アイスクリーム」とは違うみたいなんだけど、あのチープな甘さもそれはそれで美味しいと思う。もちろんお目当てのものもラクトアイスで、コンビニの冷凍庫の中に結構乱雑な感じで置かれていた。ひとつを手にとって、あとはタバコとコーヒーを買った。


家について机に買ってきたものを並べて、すこし幸せな気分になる。全部が未開封で、そこに「ある」。何かが自分の為に「ある」ということはそれだけで心地がいいもので、私に消費されるために、まあ無条件にとはいかないけれど私を待っていてくれる。何かにも「物理的に傍にモノがあることは、人に安心感をもたらします」って書いてたっけな。早速アイスクリームの包装を開けて、コンビニで貰った木のスプーンをもぐらせた。引き上げるとうまい具合に私の一口分がそこに乗っかっているから、素早く口の中に滑りこませる。うん、甘い。アイスクリームは食道をするする落ちていって手品のように口の中から消えてしまうから、一口一口を舌の上で溶かすようにゆっくり味わいながら、またスプーンをアイスの海にもぐらせる。甘い。冷たい。


ころころと口の中でアイスクリームを弄んでは飲みこんで、を繰り返しているとだんだんとその味や温度に慣れてくる。私の欠点は飽きっぽいところで、後輩にもらったギターも最初のうちこそ練習したけどバレエ・コードが押さえれなくて挫折中だし、ロールプレイング・ゲームも最後のシナリオまでたどりついたことがない。お菓子でも文房具でも未開封のものなら何でも、それを開けるときはわくわくする。これから私に小さな幸せをもたらしてくれる気がする。でもそれらを開けて、消費して、そうすると何だか鮮度のようなものが私の中で落ちてしまって、開封前のあのわくわくした気持ちがしぼんでしまう。この種類のアイスクリームも、いつも半分食べたところで冷凍庫行きだ。一回り小さくなったアイスクリームを見つめながら買ってきたタバコに火をつけた。もういいかな、これ美味しいんだけど量が多いんだよな。


いつものように冷凍庫に食べかけのアイスクリームをしまおうとして、何故だかふと哀しくなった。目の前のアイスクリームはもう半分死んでしまっていた。あんなに欲しいと思っていたのに、私が飽きてしまったから。次ここからこれを取り出すとき、それは私が食べたかったアイスクリームでは無くなっているだろう。少し溶けた状態でまた冷凍するから表面はシャリシャリするし、なにより一度開けてしまっているから、新しいものを待ちうけるあの気持ちにもなれない。急に恋人の声が聞きたくなった。


携帯電話を手にとって通話履歴から彼にダイヤルした。1度目では出なかったけれどすぐに掛けなおってくる。眠そうな、いつもより低い声。〈ごめん、寝てた?〉「ああ、うん、別にいいよ。どうしたの?」〈特にこれと言って用事はないんだけど……〉「何やーないんかい起きたやんけー。」〈ごめんごめん。〉いつもの調子で話していると、哀しい気持ちの中にぽっと灯りがともった。自然に顔が緩んで、さっきまでのしょんぼりした気持ちが少し小さくなる。〈あのね、アイスクリームを買いに行ったの。でも半分しか食べられないからいつも半分を冷凍庫に入れるんだけど、そうすると次食べるときは前みたいに美味しくないの。なんでだろう、そりゃ少しくらい劣化はするけどさ、アイスはアイスなんだよ?〉「えー?食べたい、って気持ちが最初より盛り下がってるからじゃないの、アイスを食べるテンションが低いって言うか。」〈そうかなーそんなもんなのかなー……。〉テンションが低い。食べたい、もっと欲しい、と思っているうちにいつの間にか欲張りになって沢山食べて、だからすぐに飽きてしまうのだろうか。手に入れた幸福感が消えてしまうのかな。黙って思いを巡らせていると、また彼が口を開く。


「っていうか、君は馬鹿だろう?」〈はっ?〉「いやだから、君は馬鹿だろう?」〈何、急に……。〉「まあ馬鹿は言い過ぎたけど、何て言うか間抜けやねん。最初はめっちゃ賢い子なんやと思てたけど、いざ付き合ってみたら止まってる電柱にぶつかるし何本傘をあげてもなくしてしまうし」〈えー……。〉「でもな、それがあっての君って言うか。その要素が無くなったら君は君じゃない訳。馬鹿で間抜けだけど、それが君な訳。アイスもさ、一回ふたを開けたら美味しくなくなるかもしれんけど、それはアイスである以上仕方ないの。それでええやん、俺はそうなっても食べたいと思うし溶けて美味しくないーとか言うたったらかわいそうやで。君の間抜けさが無くなったら君じゃないでしょうが。」〈……それって遠回しに、それでも好きですよ、って言うてる?〉「はあ?何言うてんねん。」


彼は素直じゃないことを私は知っている。あまのじゃくなのだ。だからこれ以上は言及しないけど、電話ごしに私がニヤついていることは多分伝わっているはずだ。〈そうかー、それでもアイスはアイスやもんなぁ。美味しく食べたらな、なぁ。〉「そやで。ちゃんと最後まで食べや?君は飽きっぽいから。」〈そうだね、ちゃんと食べるね。〉冷凍庫の中にはさっき仕舞ったばかりのアイスクリームが静かに私を待っている。それは開封前みたいなわくわくを私にはくれないけれど、多少味や形が変わったって私が食べたかったあのアイスクリームだ。私が欲しかった、あの、アイスクリーム。電話からは私へのラブ・メッセージを無自覚にも送っている彼の言葉が響いている。